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2009年10月18日 (日)

長崎・軍艦島上陸&別府の旅・その1

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友人との恒例秋の旅。

今回の旅のメインは、35年の封印を解かれ、

今年4月22日から上陸可能となった、
昭和のタイムカプセル長崎・軍艦島上陸見学と
別府市にある温泉旅館二幸荘での扮装。

そして、南阿蘇にある宝来宝来(ホギホギ)神社を
訪れる旅である。

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軍艦島のことは、以前見た軍艦島紹介の
テレビ番組で知った。
そしてその時軍艦島に興味をもち、
是非一度は訪ねてみたいと思っていた。

実は、今年の5月にも
長崎ハウステンボスに訪れた際に、
軍艦島上陸ツアーの申込みをしたのですが

そのときは船が満杯で実現できませんでした。

今回は、9月・10月の予約受付開始の
7月6日・15時に、いち早く申込み
運良く予約がとれました。

軍艦島上陸の航路事業者は

「やまさ海運株式会社」という会社で
予約はここのホームページからしました。

spadeTEL・・・・・・095-822-5002

spade所在地・・・・長崎港ターミナルビル1F(⑦番窓口)

spade運航時間・・一便  9:00発 10:00着(停泊)
             11;00発 11:50着

         二便 13:40発 14:40着(停泊)
             15:40発 16:30着

             ※上陸見学時間は1時間

spade料金・・・・・・・航海料金4、000円と
         長崎市施設使用料300円

spadeホームペジ確認事項・・・・
    「上陸の際の注意事項」・「事前準備の注意事項」

    HPより「契約書」をプリントし当日窓口に提出。

   ※私は長崎市端島見学施設を利用するにあたり
       次の事項を厳守することを誓います。と、
     いうような内容の契約書です。

   ■軍艦島はこの端島の通称です。

今回は、3日(土)~4日(日)と一泊二日の旅。
軍艦島上陸コース3日・1便(9:00発)を
予約していたので、鹿児島から
夜中の高速を
一気に長崎まで突っ走しった。。。ふぅ。。。

10月2日(金)

夜、8:00元気よく自宅を出発up

でもちょっと心配な事が・・・

軍艦島に上陸するには、風速・波高・視程など
長崎市長が定める基準内でないと上陸できません。

昨日は全国的に雨模様で、特に長崎県方面は大雨
だったらしく、上陸コースは運休になっていた。

明日は出航するかどうか????

心配してもしようがないのでとりあえず長崎港へ。

長崎港に午前3時到着。
バンザイー\(^o^)/ 頑張りました。

出航受付8時まで車の中で仮眠するつもりでしたが
興奮状態なのか、疲れているはずなのに
なかなか寝付かれません。

10月3日(土)

そうこうしているうちに5時になり、

長崎港ターミナルが開いたので
早速、ターミナルの前の有料市営駐車場へ
車を預けました。

diamond長崎ターミナルdiamond

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午前9:00、

いよいよ待ちに待った軍艦島へ出航です。

長崎湾は波一つ無い凪ぎなのに、

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上陸できるかどうかは軍艦島まで行ってみないと

判断できません。と、説明がありました。
どうかどうか上陸できますように。。。。。。

ここ軍艦島周辺の海は、
風速・波高が基準を超えることが多く、1年・365日の内
100日位しか上陸できないそうです。

参加者の中の一人は、今まで5回も訪れ、
一度も上陸が叶っていないそうで、今度こそは上陸したい、と言ってました。

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船上からの長崎港の眺めは素晴らしく

いつもはグラバー邸から眺めている三井造船所も目の前。

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出航して一時間ほどで周囲をコンクリートの壁で囲まれた軍艦島が見えてきました。

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幸いなことに風速、波高なども上陸基準を
満たしているらしく、
上陸できることになりました。

ラッキー!!!

船は軍艦島の「ドルフィン桟橋」に接岸し、
そこから島に上陸です。

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sign05眠りから覚めた軍艦島sign05

資料によりますと

軍艦島は正式名称を「端島(はしま)」といい長崎港から
約18キロの海上にある、南北約480m・東西約160m・
周囲約1,2kmという小さな島である。

この島に10mぐらいの防波堤を作り内側を埋め立て、
島を広げていった結果、現在の島の姿となり、
島影が戦艦「土佐」に似ていることから軍艦島と
名づけられたそうです。

下の写真の見てください。
ほんと軍艦に見えますよね。scissors

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1810年頃、石炭が発見され佐賀藩が小規模の採炭を
行ったが、明治23年「三菱」が島全体と鉱区の権利を
買取、本格的な海底炭鉱として操業が開始された。
島の直下および周辺の海底から良質な石炭が
採掘されたそうです。

島での生活は家賃も風呂代も無料で、この炭鉱の噂を
聞きつけた炭鉱労働者と家族が次々と島に集まってきて

最盛期の人口は5,000人以上の人が住んでいて、
人口密度は、当時の東京の約9倍近くに
達していたそうです。

島には、3~4階建ての木造住宅・公共施設・小中学校・
共同販売所・映画館・娯楽場・病院などがあり
日本発の鉄筋コンクリート造高層集合住宅である
30号棟も大正5年に建築されたそうです。

住民は映画やパチンコなどを楽しみ、
各家庭には当時はまだ一般には普及していなかった
最新の電化製品も揃っていたそうなので

厳しい自然環境を別にすれば、島での暮らし向きはかなり良かったようです。

ただ、物質的には恵まれていたでしょうが
周りには海しかない孤島では、みんなで助け合い、
肩を寄せ合って頑張らないと生きてはいけなかっただろうな、と思ったりもしました。

このような島の活況も主要なエネルギーが
石炭から石油へと移っていくにつれ、陰りをみせ始め、
1974年(昭和49年)にはついに炭鉱閉山に
追い込まれた。

そして、住民のすべてが島を離れ、上陸禁止の無人島と
なった島は、廃墟と化し、「昭和のままで蓋を閉じられた
タイムカプセル」ような存在になっていった。

このタイムカプセルの蓋がふたたび開かれたのは
2009年4月22日。
長崎市が中心となり島の南西部を巡る約220mの
見学通路が整備された。

見学通路には第1から第3まで3ヵ所の見学広場が
あり、訪問客は下船するとその場で3グループに分けられ、それぞれの広場をガイドさんの案内で見学することになる。

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diamond軍艦島風景diamond

レンガのアーチがある建物は当時・総合事務所

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この建物から石炭を採掘するために海底へと
下りていったそうです。

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最初飲み水は船で運搬していたが、明治24年には
蒸留水機が設置され飲料水の供給がスタートした。

島の一番高い所にある建物は貯水蔵跡だそうです。

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島の高台にある神社(端島神社)

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海に囲まれた島ではあるが、波が荒いため子供は専用の海水プールで泳いでいたそうだ。
その跡が今も残っていた。

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この灯台は
炭鉱を操業していたときは24時間体制で
島全体が明るかったが、無人島となり

船の航行が危険になったので、安全航行のため
昭和50年に建てられたそうだ。

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コンクリートの柱が並んでいるが、
これはベルトコンベアーの跡らしい。

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第3見学広場から見える鉄筋コンクリート造
高層集合住宅・30号棟の一部分

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diamond軍艦島散策の様子diamond

diamondガイドさんの話diamond

どの資料にも掲載されていない貴重な話を聞く事が
できました。

その1・・・・・お風呂は無料だったが入浴は三通りしないと
        いけなかった。
        炭鉱の仕事を終えると全体が真っ黒・
        1回目は洋服を着たまま海水のお風呂
        2回目は洋服を脱いで海水のお風呂
        3回目にやっと真水のお風呂に入浴できた。

その2・・・・・この島はお墓がない。
        亡くなると隣の島で火葬し墓をたてた。

その3・・・・・台風はこの島全体を飲み込むほど波が高い。
        当時、住民は怖かったでしょうね。

その4・・・・・閉山し全国に散らばっていった住民たちは
        4月に軍艦島上陸が可能になったのを知り
        このツアーにその多くが参加し、
        「あそこが我が家だった」とか
        「まだ家財が残ってる」とか話が盛り上がり
        楽しまれていたそうです。
        きっと、子供がタイムカプセルを
        開けたときと同じ気分だったのでしょうね。  
        
     

異次元の世界にでも迷い込んできたような錯覚をおぼえた
軍艦島の散策も、あっという間に終わり、
満足の時間を過ごせましたよ。

こんな大変な時代を背負ってくださった人々が
あったからこそ、今の幸せな時代があるのでしょうね。
きっと。。。。

友人が軍艦島がこれほどまですごいとは思わなかった。
どこかの国の遺跡を見ているように感じたよ。
連れて来てくれてありがとう。と、言ってくれました。

タイムカプセルの軍艦島。さようなら。。。
きっとこれからも訪れた人の心に何かしらを感じさせてくれることでしょう。

Cimg1577

帰りは
軍艦島を一周して長崎港へ。

「ドルフィン桟橋」と反対側の島の風景は
上陸時には見えなかった鉄骨のみを残した
日本初の鉄筋コンクリート造高層集合住宅が目の前に。
すご~いの一言です。

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木造が崩れている所は教会だったそうです。

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さわやかな潮風を浴びながら
長崎港に入ってきました。

船上から見ると改めて長崎が坂の多い町だと
気づかされます。

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ターミナル近くのレストランで昼食をとり
午後1:30、別府に向かって出発。rvcardashdash

やばい。
気持ちは元気なつもりでも身体がついてこない。
睡魔に襲われたので交代で後部座席で眠ることにした。

午後5:30、無事、二幸荘に到着。
いつもどおりの笑顔で社長さんとおかみさんが
出迎えてくださいました。 お世話になりま~す。

二幸荘の紹介は昨年のshineブログshineで記事にしましたので
リンクをクリックして見てくださいね。
(昨年の記事「わちきは花魁になったでありんす」
へリンク)

私たちの元気の源である扮装。
今回は何に扮装しようかな???

やっと決定。scissors見てください。

diamond化粧

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Photo

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Photo_3

瞼がひっつきそうなので厚化粧を落とし早めに就寝。

明日は是非訪れてみたい南阿蘇にある宝来宝来神社へ。

この続きは「長崎・軍艦島上陸&別府の旅・その2」に
掲載しますね。

(「長崎・軍艦島上陸&別府の旅・その2」へリンク)

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