古都奈良の旅・その1
紅葉
の素晴らしい季節になりました。![]()
一泊2日の旅で、何処か紅葉
の見所が行程に
組まれているツアーに参加したかったが見つからない。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
ツアー会社のパンフレットで目にとまったのが
「御即位二十周年記念・第61回正倉院展」・
「興福寺・阿修羅特別公開」・
「世界遺産の法隆寺」の2日間のツアー。
一日目コース
興福寺・・・・国宝特別公開・阿修羅像(あしゅらぞう)を
はじめ、八部衆・十大弟子像の現存する
太平乾漆像14躰すべてを見学。
平城宮跡・・
正門・朱雀門(しゅじゃくもん)
遺構展示館・・遺跡がそのまま見られる。
東院庭園・・・・宴会がおこなわれた
美しい庭園
二日目コース
奈良公園・・・・・・・・・・・奈良国立博物館にて
第61回正倉院展見学。
世界遺産・法隆寺・・・・世界最古の木造建築
唐招提寺・・・・・・・・・・・律宗の総本山。
鑑真大和上が修業の道場を開いた
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
これに決定![]()
21年10月24日(一日目)
早朝5:45自宅を出発~![]()
![]()
!曇り日和。
季節はずれの台風
20号が沖縄よりかなり下で
停滞しているが、予報ではまだ台風
の進路は
分からないとのこと。 一先ず安心。![]()
鹿児島空港(8:00)→ANA542便
→大阪・
伊丹空港(9:00)
今回のツアーは鹿児島からの参加者が12名で
伊丹空港より貸切バス
で新大阪駅を経由し
ここで他県からのお客様と合流するということである。
新大阪駅で待っていると、博多から新幹線
を
利用した参加者31名と合流。
43名の大人数のツアーとなった。
よろしくお願いしま~す。(=゜ω゜)ノ
全員揃ったので興福寺のある奈良に向かって出発![]()
興福寺![]()
(インターネット資料)
710年平城遷都の際に、藤原不比等(ふひと)が
飛鳥にあった厩坂寺(うまやさかでら)を移築し
興福寺に改名。法相宗の大本山である。
奈良時代には四大寺、平安時代には七大寺の一つに
数えられた。特に摂政家藤原北家との関係が
深かったため手厚く保護されたが、
明治時代始めの神仏分離・廃仏毀釈などで衰退した。
その後の努力で復興し、
新しい興福寺の歴史を刻んでいるそうです。
12:15 興福寺に到着。
東京や福岡で話題を呼んで、奈良・興福寺に
ようやく帰ってきた八部衆・阿修羅像を
一目拝観しようと、40分待ちの行列が連なっている。
いつもは阿修羅像は
興福寺・国宝館で公開されているが
「国宝・阿修羅像展」帰山記念・
「興福寺国宝特別公開2009」ということで
今回は「仮金堂」での公開になっています。
期間・・・・・・2009・10・17~11・23(会期中無休)
AM9:00~PM5:00
お堂で公開さてているのは
釈迦三尊像
重要文化財・四天王像
国宝・十大弟子・八部衆像
阿修羅立像(八部衆のうち)
一度は拝観したいと人気の
凛々しい3つの顔と6本の手を持つ阿修羅像。
でも私をはじめ美少年の仏像であるということ以外
詳細を知っていらしゃる方は少ないのでは。。。。。
そこで、貰ったパンフレットに掲載されている
阿修羅像について紹介します。
脱活乾漆造
像高153,4センチ
奈良時代:734年作
阿修羅は古代インド神話に登場する軍神で、
最高神インドラに戦いを挑む激しい怒りの姿で
表される。
仏教に帰依して守護神になってからは、
その激しさで仏教を守る役割を担うことになる。
しかし、興福寺の阿修羅は3つの顔と6本の手を持つ
異形でであるが、直立する八頭身という見事な
プロポーションで細身の美少年。
憂いを含む表情は繊細で内向的であり、
怒りや激しさはまったく見られない。
その背景には「金光明最勝王経」が説く過去の罪障を
内省し消滅させる「懺悔」の思想があったと考えられる。
場内の阿修羅像の前は凄い人だかりで近寄れません。
思ったより小柄なイケメンの仏像でしたよ。
売店があったので、
ご利益にあやかりたく阿修羅像の
載ったファイルを購入しました。
いい事がありますように。。。
次は「仮金堂」の裏手にある
国宝の仏像が展示されている「北円堂」へ
(ここの見学もチケットに含まれています)
えっ![]()
「仮金堂」出口に添乗員さんが待機していて、
「北円堂」を見学するには待ち時間が80分以上あり、
集合時間までに見学するのは難しいとのこと。
ここからは自由行動にしますから奈良公園を
自由に散策して集合時間までに帰ってきてください。と、
説明があった。
ラッキー(v^ー゜)ヤッタネ!!
昔、奈良市内に在住していた友人が同行しています。
奈良公園にある東大寺に行くことに決定。![]()
奈良公園は高校の修学旅行以来で、
ン十年前になるだろうか?
東大寺の参道は人なつっこい鹿でいっぱい。
お店のショーケースに
有名な「せんとくん」も飾ってありました。
東大寺・南大門が見えてきました。
東大寺(とうだいじ)![]()
728年聖武天皇が皇太子供養のため建立した
金鐘寺が東大寺の始まり。
大仏で知られる奈良時代の代表的な寺院で
大仏殿は世界最古の木造建築。
1998年に古都奈良の文化財の一部として
ユネスコより世界遺産に登録された。
大仏殿
奈良の大仏さん![]()
大仏さんの本名は
「盧舎那仏(るしゃなぶつ)」という。
手は1m50cm・座高が15mあり、
大仏様の足で奈良から東京まで歩くと7時間で
到着するそうです。
大仏様の右手が「施無畏印」、左手が「与願印」。
つまり右手は苦しみから救います。![]()
左手は願いをかなえます。という慈悲の心を
あらわしているそうです。
頭のイボイボは螺髪(らほつ)といって966個あり
1個の大きさは直径18センチだそうです。
柱の穴![]()
柱の穴は、大仏様の鼻の穴と同じで高さ30センチ、
長さ120センチあるそうです。
幸せ
のくぐり穴といわれ、幸せ
になるそうですよ。
私も潜りたかったけど人が大勢見てるからできな~い。
でも、それ以上に穴に詰まったらなお恥ずかしい。。。![]()
集合時間まであとわずか。
バスの駐車場までダッシュで戻り、やっと間に合いました。
(*´д`*)ハァハァ
次は本日最後の見所「平安宮跡」へ。GO~~
藤原京から奈良を中心とする平城京は710年に
遷都された。
(インターネット資料)
天皇の住まいである内裏即ち内廷と儀式を行う朝堂院、
役人が執務を行う官衙の所謂外朝等々は
平城京の北端に置かれ、約120ヘクタールを占めていた。
周囲は5メートル程度の大垣に巡らされ、
朱雀門(しゅじゃくもん)をはじめ、豪族の氏名にちなんだ
12の門が設置され、役人はそれらの門より出入りした。
東端には東院庭園がおかれ宴などが催された。
また、この東院庭園は今日の日本庭園の原型と
されている。
今日は平城宮跡にある正門である朱雀門・
遺構展示館・東院庭園の見学になっている。
平城宮・正門・朱雀門(しゅじゃくもん)![]()
朱雀門は、古代、平城京や平安京といった条坊都市の
宮城において南面にある正門。宮城の12門のうち
最も重要な門であった。
朱雀門の前の朱雀大路広場は当時のままの広さ
だそうです。
ボランティアの方が待機していらしゃって、
平城宮跡について案内解説をしてくださいました。
尚、ボランティアガイドの必要な方は、事前に予約が
必要とのことです。
申し込み先・・・
0742-30-6753
朱雀門をくぐり平城宮跡を見渡すと
ここが平城京宮跡なんだろうかと思わせるような
田舎の田園風景が広がっています。
ガイドさんの話では
残念なことに、この平城宮跡の敷地内を
近鉄奈良線と県道104号が横切っています。。。。。
本当に短い時間に何回も電車が横切りましたよ。
この平城宮跡を保存するため文化庁による
「特別史跡平城宮跡・保存整備基本構想」に基づき、
遺跡の整備・建造物の復元を進めているそうです。
また、国営公園化が決定しており
敷地内を横切る近鉄奈良線と県道104号の
移設が検討されているそうです。![]()
次は、すぐ近くにある「遺構展示館」へ
遺構展示館![]()
ここは発掘された遺跡の上に建てられています。
ここもボランティアの方が建物内を
案内してくださいました。
発掘された品々や資料・平城宮の模型など
いろいろ展示されています。
展示館前のバス停名に注目。
次は東院庭園へ
東院庭園![]()
宴会が催された美しい庭園と楼閣が復元されている。
奈良市内から30分ぐらいかかるホテルへ。
ゴルフ場を隣接した山中のホテルにチェックイン。
このホテルは天然温泉
があるので、ゆっくり湯船に
浸かりリラックス。
朝早かったせいか食事
をとるとウトウト。
早めにおやすみ~~![]()
![]()
この続きは、「古都奈良の旅・その2」に掲載します。
| 固定リンク
「旅の日記」カテゴリの記事
- 古都奈良の旅・その2(2009.11.04)
- 古都奈良の旅・その1(2009.11.04)
- 長崎・軍艦島上陸&別府の旅・その2(2009.10.18)
- 長崎・軍艦島上陸&別府の旅・その1(2009.10.18)
- ハウステンボス・バラ祭り(2009.05.27)






































最近のコメント