古都奈良の旅・その2
「古都奈良の旅・その1」からの続きです。
(「古都奈良の旅・その1」へリンク
21年10月25(二日目)
( ´_ゝ`)ノオハヨウー♪
天気予報では雨模様だったが、ラッキー曇りで~す。
窓の外を見るとゴルフ場が目下に広がっています。
早朝にもかかわらず、すでにプレイしている人がいます。
今日のコースは
奈良国立博物館にて第61回正倉院展・
世界遺産・法隆寺・唐招提寺見学です。
御即位二十年記念・第61回正倉院展![]()
会場・・・・・・・奈良国立博物館・新館
期日・・・・・・・21年10月24日~11月12日
(会期中無休)
展示宝物・・・66件(うち初出陣12件)
昨日からの開催なので、すでに会場前はすごい行列。
ツアー団体客入口があり一般客の方には申し訳ない
気持ちで入場しました。
正倉院展は毎年開催されていますが
(パンフレットより)
今年の見所は
天皇陛下御即位20年を記念し
聖武天皇愛用の小刀・
光明皇后の自筆本の楽毅論をはじめ
正倉院を代表する名品
が多数出陣。
その他、チケットの絵柄にもなっている
紫檀木画槽琵琶(したんもくがそうのびわ)等々
宝物
がいっぱい陳列されています。
ガイドさんの話では
毎年、正倉院展が開催されるのは、
正倉院で保管してある宝物
を年に一度、
虫干したり調査するために取り出した際、
一般公開するのだそうです。
会場内はすごい人混みで人気ある陳列棚には
近づけません。
これが1,300年位前の作品だろうかと思えるぐらい
優雅で、細工が細やかで感激の一言です。
( ^ω^)おっおっ (・∀・)イイ!
正倉院展見学後は
集合時間12:00まで自由行動になります。
奈良公園にあるを東大寺・二月堂と正倉院を
訪れることにしました。
かの有名な東大寺・二月堂と正倉院が奈良公園内に
あったとは、今までまったく知りませんでした。![]()
東大寺・二月堂(とうだいじ・にがつどう)![]()
東大寺・二月堂は奈良時代(8世紀)創建の仏堂。
現存する建物は、
1,669年再建されたもので日本の国宝に指定された。
奈良の早春の風物詩である「お水取り」の行事が
行われている建物として二月堂は知られている。
テレビのニュースでよく見る大松明をかかげ、
お堂を駆け回るお寺はここだったのか~。
Σ( ゜Д゜)ハッ!
今度、
放映されたらよく観察しながら見ようっと。![]()
正倉院(しょうそういん)![]()
正倉院は、東大寺大仏殿の北西に位置する。
高床の大規模な校倉造(あぜくらづくり)倉庫で
聖武天皇・光明皇后ゆかりの品々をはじめとする
天平時代を中心とした多数の美術工芸品を
収納している施設。
「古都奈良の文化財」の一部としてユネスコの世界遺産
(文化遺産)に登録されている。
私は今まで正倉院は常に公開されている施設だと
思っていましたが、大きな間違いでした。
公開は「正倉」外構のみです。
監視カメラが見張っていましたよ。
あっ、という間に古都奈良公園の散策も終わって、
次は世界最古の木造建築・法隆寺へ。
世界遺産・法隆寺(ほうりゅうじ)![]()
「法隆寺畧縁起」パンフレットより
法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の
木造建築として広く知られている。
用明天皇(ようめい)が自らの病気がよくなるよう祈って
寺と仏像を造ることを誓願されましたが、
実現をみないまま崩御された。
推古天皇(すいこ)と聖徳太子が
その遺願を継いで607年に寺と本尊・「薬師如来」を
造られたのが、この法隆寺であると伝えられている。
法隆寺は
金堂・五重塔などがある西院と
八角堂の「夢殿」などがある東院に分かれる。
南大門(なんだいもん)・・・室町時代
法隆寺の玄関にあるこの門は1,438年に
再建された。
金堂(こんどう)・・・飛鳥時代
法隆寺のご本尊を安置する聖なる殿堂。
五重塔・・・飛鳥時代
高さ約32,5メートルでわが国最古の
五重塔として知られています。
聖霊院(しょうりょういん)・・鎌倉時代
聖徳太子の尊像を安置するために東室の
南端部を改造したのがこの聖霊院です。
聖徳太子の尊像が安置されているということで
靴を脱いで建物に上がり手を合わせましたよ。
夢殿(ゆめどの)・・・鎌倉時代
聖徳太子の遺徳を偲んで739年に建てた伽藍を
上宮王院(じょうぐうおういん)といいます。
その中心となるのがこの八角堂の夢殿です。
修学旅行生でいっぱいでしたよ。![]()
さぁー、最後のコースである唐招提寺へ。
唐招提寺(とうしょうだいじ)![]()
唐招提寺は
中国の高僧・鑑真和上により創建された
律宗の総本山で、
鑑真和上が修業の道場を開いたといわれている。
1989年、「古都奈良の文化財」として世界遺産に
登録された。
金堂の真北に位置するのが講堂で
平城宮の朝集殿が移築されたものである。
平城宮の建物として
この一棟だけが残っているそうです。
右側の重曹の建物が鼓楼。
奥に細長く横たわる建物が僧坊だそうです。
↓
1995年、阪神淡路地方を襲った大地震が
金堂の基壇を揺るがし修理が必要になったため
2,000年より10年間に及び
金堂平成大修理事業が始められた。
金堂の周りはまだ、工事中の垂れ幕に覆われていて
見れませんでした。
集合時間、間近ではあったが
敷地内に鑑真和上のお墓があるとのこと。
急いで行ったが、柵があり中には入れませんでした。
見えないよ~。残念!(´;ω;`)ウウ・・・
古都奈良の旅から一週間後の
11月1日、
完成した唐招提寺・金堂の
金堂落慶法要(こんどうらっけいほうよう)が
行なわれ、立派な金堂が公開されたのを
テレビ番組で知りました。
一週間違いで金堂が見れなかったのかー。。。
(´・ω・`)ショボーン
そして、
11月3日(火曜日)・夜8時から
JNN50周年記念・歴史大河スペクタク
「唐招提寺1,200年の謎~・天平を駆け抜けた
男と女たち」というドラマがありました。
その中で国宝・金堂の10年に及ぶ大改修の
完全ドキュメントも放映された。
最先端科学による調査分析、そして日本を代表する
匠が集められ、
4万6千枚の瓦が下ろされ36本の柱が倒されて、
パーツごとに外され修理。
また、それを組み立てるやり方で大改修にあたり
改修予算はなんと50億円かかったそうです。
仏教の中心であった唐招提寺・金堂の建立は
鑑真和上没後、20年経ってから鑑真和上の
志を継ぐ愛弟子の「如宝(にょほう)」によって
成し遂げられた。
この唐招提寺の・金堂の建立にあたって、
この時代の陰謀・欲望等々さまざまな出来事によって
苦悩して建立された経緯が
「唐招提寺1,200年の謎~・天平を駆け抜けた
男と女たち」というドラマで描かれた。
このドラマを見た後で唐招提寺を見学していたら
もっと違った感覚で散策できただろうな。。
さぁ~、鹿児島に帰るぞー![]()
第二阪奈・阪神道を走り![]()
![]()
新大阪駅へ。
車中、ビックリするニュースが・・・・
アワワ
・・━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!
旅行気分覚めやまないうちに予期せぬ大変な
出来事が待っていました。
急に台風
20号が日本に向かって進路変更したらしく
鹿児島が豪雨![]()
と風
が凄いらしい。
伊丹空港発→鹿児島着の何便かが、
福岡空港と関西空港へ引き返したそうです。
私達、最終便もどうなるか分からないとのこと。
たまげた~。どげんすっかい。
(鹿児島弁:びっくりした~。どうしよう。)
とりあえず伊丹空港へ。
空港の発着時刻の掲示板は、出発間際まで
「天候調整中」の文字が点灯![]()
しています。
19:40発。とりあえず条件付き出発となりました。
機中、最悪の場合は関西空港へ引き返しますと
アナウンスがあり、
飛行機の揺れること、揺れること。
若い女性の悲鳴も聞こえたり、一瞬静寂した時間が
流れたり、まるでドラマのワンシーンみたいです。
どうか無事に着陸しますように。。。。祈る気持ちです。
ガタン、ゴトンと揺れながら、無事着陸できました。
機長さんすごーい。![]()
![]()
一斉に拍手が沸きおこりましたよ。
今だから言えるけど貴重な旅の思い出になりました。
今回の古都奈良の旅もブログにしようと
出発前にインターネットで観光地を調べたり、
マメに写真を撮ったり、配られたパンフレットに
目を通したりしたので、
昔、歴史で習ったうろ覚えの平城京や各寺院等々など
見学しながら改めて頭に入りました。ヽ(´▽`)/
きっとブログしていなかったら、以前そうであったように
内容の分からないまま感動し、それだけで見学は
終わっていたことでしょう。
ブログしていて良かったです。(*^ー゚)bグッジョブ!!
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